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2023 — Insurance / New Business / Enterprise

損害保険の新規事業PoC — 規制産業の制約を、顧客起点のデザインで解く

大手損保グループのDX部門で、BCP策定支援・ヘルスケア・ギグワーカー向けサービスという性質の異なる3つの新規事業のプロダクトデザインを連続して担当しました。法規制・コンプライアンスという強い制約の中で、抽象的なビジネス要件を触れるプロダクトに翻訳し続けました。

Period
2021.11 — 2023.08
Team
本部PO / 提携企業 / Designer 2(社内2人目の中途デザイナー)
Company
東京海上日動システムズ(戦略企画部 兼 デジタルイノベーション本部)
Role
インハウスデザイナー / デザインリード(新規事業PoCのプロダクトデザイン・部門間折衝)
損害保険の新規事業PoC — 規制産業の制約を、顧客起点のデザインで解く

1,000社+

BCP策定支援サービス登録企業

リリース後、4桁超の反響

3事業

連続でデザインリードを担当

構想からリリース・検証まで伴走

TL;DR

課題
規制産業の新規事業は要件が抽象的なビジネス言語で示され、保険業法・コンプライアンスの制約が強く、要件とUIを翻訳する機能が組織になかった。
役割と打ち手
デザインリードとして性質の異なる3つのPoCを連続担当。規制を後工程のチェックではなく最初からデザインの入力にし、現場ユーザーの検証とレビューの仕組みで品質を担保した。
成果
BCP策定支援サービスは登録企業1,000社超。ギグワーカー向けサービスはクーポン事業と本業の保険収益導線を両立し、継続事業に育った。

課題 — 保険の新規事業は「作れるのに、届かない」

保険サービスの多様化とスマートフォン経由の保険需要の拡大を受け、損保業界では新規事業の創出が急務になっていました。一方で現場には、規制産業ならではの構造的な難しさがありました。

  • 要件が「顧客に価値あるデジタルサービス」といった抽象度の高いビジネス言語で示される
  • 保険業法・医療関連規制・コンプライアンスなど、表現ひとつでプロダクトが成立しなくなる制約が随所にある
  • 社内にデザイナーがほとんどおらず、要件とUIの間を翻訳する機能が組織にない

私は社内2人目の中途デザイナーとして入社し、戦略企画部とデジタルイノベーション本部を兼任しました。損害保険のDXを推進する立場で本部のプロダクトオーナーと組み、性質の異なる3つの新規事業のプロダクトデザインを、デザインリードとして連続して担当しました。

プロセス — 制約を「デザインの入力」に変える

3つのプロジェクトに共通して置いたスタンスは、規制やコンプライアンスを「後工程のチェック項目」ではなく最初からデザインの入力にすることでした。

PoCプロジェクトの進め方

BCP策定支援サービス「BCPかんたんナビ」(2021.11 — 2022.03)では、「業態や現場によって必要な計画がまったく異なる」ことが最大の難所でした。介護施設であればおむつや流動食の備蓄、自主避難が難しい入居者の避難手順など、汎用テンプレートのままでは現場で使いにくいものになってしまいます。そこで業態ごとのモックアップを作成し、実際に製造業や介護に従事する方に検証していただきながら、質問に回答するだけで業態に合った計画シートが生成され、そのままPDF印刷までできる体験に仕上げていきました。

Apple Watchを用いたヘルスケアアプリ(2022.04 — 2022.07)では、心拍の乱れの検知はできても、それを根拠に病状を示唆すると医療行為に該当し得るという表現上の制約がありました。Apple Japan社の協力を得て文言・デザイン表現を検証しながら、「検知」と「診断」を区別した情報設計に落とし込みました。また、機能の前提となるOS側設定(心房細動の通知)が深い階層にあり離脱要因になっていたため、オンボーディングをStep by Stepに再構成し、設定完了までユーザーを案内する導線を設計しました。

ギグワーカー向け優待サービス(2022.08 — )は、最大手ECサイトとの協業事業です。配送ドライバーという明確なペルソナに対し、関心事項を洗い出してLPに反映し、保険見積もりから加入相談までを3ステップで完了するフローに再設計しました。企業・店舗ごとに異なっていたクーポンの利用方法は、記載内容を共通フォーマット化して提携企業に記入いただく運用に変え、サービスが拡大しても破綻しにくい情報構造を先回りして用意しました。

折衝 — デザインを組織とパートナーに通す

規制産業の新規事業は、画面を作るだけでは前に進みません。IT部門とは実装上の制約と品質基準を、マーケティングや営業とは訴求表現や顧客接点の設計を、それぞれ提案・協議しながらデザインに落とし込みました。社外に対しても、Apple Japan社との表現検証、最大手ECサイトとの協業調整、クーポン提携企業への共通フォーマットの提案など、外部パートナーやベンダーと提案と検証を重ねながら協力関係を築き、デザインの意思決定が部門間で滞らない状態を保ちました。

最終デザイン — 品質を「レビューの仕組み」で担保する

スケジュールの限られたPoCでは、実装がデザインから乖離して品質が崩れやすくなります。デザインリードとして、PO・エンジニア・提携企業の担当者という多様なスキルを持つメンバーの間に立ち、認知的ウォークスルーによるデザインレビューと要素ごとのFIX状況管理を運用に組み込み、デザインと実装の乖離を仕組みで防ぎました。

※コンプライアンスの観点から、画面デザインの詳細は非公開としています。

事業インパクト

「BCPかんたんナビ」はリリース後、製造業・介護を中心に登録企業数が4桁を超える反響をいただき、PoCから継続改善のフェーズへ移行しました。ギグワーカー向けサービスは、クーポン事業でありながら団体割引による自動車保険加入という本業の収益導線を両立させ、協業パートナーとの継続的な事業に育っています。

事業の成立には多くの部門・パートナーが関わっていますが、デザインとして私が直接効かせた部分は次の3点です。

  • 「使える」計画シートへの翻訳:BCPかんたんナビでは、業態別モックアップと現場従事者による検証を私が主導し、汎用テンプレートでは使いものにならないという最大のリスクを設計段階で潰しました
  • 規制制約下での表現設計:ヘルスケアアプリでは、Apple Japan社との文言検証を通じて「検知」と「診断」を区別した情報設計に落とし込み、医療行為該当リスクを回避しながら価値を伝える表現を成立させました
  • スケールに耐える情報構造:ギグワーカー向けサービスでは、申込フローの3ステップへの再設計と、クーポン記載の共通フォーマット化により、提携企業が増えても破綻しない運用構造を先回りして用意しました

学び

  • 規制産業でデザインが信頼されるためには、制約の解像度が重要でした。「何がNGか」を法務やAppleと直接すり合わせたうえでの提案は、そのまま意思決定につながりやすくなります
  • デザインの推進力は、折衝と切り離せません。IT・マーケティング・営業や外部パートナーと同じテーブルで協議・調整することが、部門をまたぐプロダクトを前に進めます
  • 抽象的なビジネス要件は、会議だけでは合意が難しいものです。触れるモックアップと現場ユーザーの反応が、PoCの意思決定を前に進めました
  • デザイナーが2名しかいない組織では、成果物とあわせて仕組み(レビュー・共通フォーマット・FIX管理)を残すことが、事業の持続性への貢献になると考えています